今田 晴菜 さん (所属:千里中央校)

私は、3年生の後期に日能研に入塾しました。4才上の兄が、中学受験をして第一志望校に受からなかったのを見ていたので、中学受験の大変さは人よりわかっているつもりでした。それでも、塾に通うことをとても楽しみにしていた私は、入塾したての頃はやる気に満ちていて、テストでもクラスの中で上位に入ることが出来てとても楽しかったのを覚えています。
4年生までは宿題もそれほど多くなく、テストの範囲も狭かったので、頑張ったらいい順位を取ることが出来ていましたが、5年生で発展2組になるとクラスのレベルが上がり、授業の回数も宿題の量も増え、選抜特訓も始まってみんな努力するようになってきて、努力だけでは太刀打ちできない相手がいることを痛感しました。算数や理科の授業中も、みんなはサクサクと解いているのに私は何を聞かれているのかも分からないこともたくさんありました。負けず嫌いの私はそんな状況がとても悔しかったのを覚えています。
そこで、算数が苦手だった私は、宿題やテストで間違えた算数の問題をプリントしてまとめたものを解き直したり、計算問題を時間を計って解いたりしていました。国語は、読解は比較的得意でしたが語句で失点が多かったので、母に間違った漢字や語句をまとめてもらい、テスト形式にして解いたりしました。それで、少しずつ成績が上がっていきました。
6年生は、本科選抜クラスになり、第一志望校の神戸女学院特訓に入りました。6年生の授業はレベルが高いし、毎週末に特訓のため西宮北口まで通うのもすごく大変でしたが、中でも私が苦労したことは主に2つあります。
一つ目は、本科授業の算数のレベルが高く、ついていけなくなったことです。本格的に追いつけなくなっていったのは夏期講習のころからでした。クラスを発展二組にさげることもひとつの選択肢だと聞いて、クラス変更について何度も親と先生と相談しました。でもほかの科目に関しては本科選抜にいた方がいいと思ったし、なにより今まで本科選抜で頑張ってきたのでクラスを落としたくないという気持ちが強かったので、本科選抜に残りました。中嶋先生に、夏期講習や後期のテキストの中で神戸女学院中学合格に必要な問題をピックアップしてもらい、その問題だけ間違い直しをするようにしていきました。
二つ目は、算数に力を入れすぎたせいで理科と社会の成績が下がっていったことです。そこで私は、社会のまとめと理科のまとめを重点的にやるようにしていきました。社会のまとめでは、一ページごとに正答率によって青、赤、黄の三つの色の付箋を付けていき、テキストに答えを赤色で直接書き込んでチェックシートを使って何度も繰り返しやりました。
このような苦労を乗り越え、6年の後期に入ると、成績がどんどんあがっていきました。公開模試の偏差値がすごく伸びてとても嬉しかったです。
そして迎えた入試当日、私はすごく緊張していましたが、初めの科目の国語は苦手な詩が出題されず、物語文と説明文はどちらも読んだことがある文章だったので、落ち着きを取り戻すことが出来ました。国語が終わった後はすごく明るい気持ちでいましたが、二科目目の算数はすごく難しく、二枚の解答用紙のうち二枚目がほぼ白紙になってしまい、絶対に落ちたと思いました。それでも、その次の科目は得意な社会だったので、何とか気持ちを立て直して挑みました。社会はすらすら解け、四科目目の理科も、苦手なりにベストを尽くすことが出来ました。算数の出来が悪かったのがどうしても気になり、発表までずっと緊張していました。合格したときは、今までの頑張りが脳裏によみがえり、自分のことを認められたような気がします。本当にここまでやってきてよかったと思いました。
私は、夏期講習の時にクラスの授業についていけずしんどくても、そのまま選抜にいる選択をしたからこそ合格を勝ち取ることが出来たと思っています。苦しい時に、あと少しだけ頑張ってみようと覚えた一つの漢字やボロボロになるまで繰り返した社まとの一問が、合否を分けたかもしれません。苦しい時に頑張ったことほど本当の強さに繋がると、この受験を通して学びました。
日能研の千里中央校や神戸女学院特訓の先生方、これまでお世話になりました。中学生になっても、日能研で学んだ努力の大切さを忘れず、色々なことに挑戦したいと思います。
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