鷲野 陸 さん (所属:西宮北口駅ビル校)

紆余曲折ありましたが、第一志望に合格することができました。まずは自分を支えてくれた家族と教えてくれた先生方、そして切磋琢磨できた友達に心から感謝します。あの入試の緊張感は一生覚えていてる気がします。少しだけこの受験生活を振り返ります。
4年生 新設の校舎、茨木校に通うことになりました。学んだ事はともかく、父と学校見学ばかり行っていました。6年生になると宿題に追われ、本当に時間がなくなるので、4、5年生のうちに行っておくべきです。前期はあまり宿題をやっていませんでした。ですが社会と算数だけ異様にできました。 得意科目をもつことはとても大切です。
前期は茨木校の本科クラスだけでしたが、後期は烏丸校の特訓に行くことになりました。上のクラスに行く資格があるなら、ハイレベルな生徒がたくさんいるので、しっかりと行っておくべきです。僕もどんどん成績が伸びました。
5年生 やっぱり学校見学ばっかり行ってました。この頃になると難関校ばかりを選んで行っていました。数々の悩みがありましたが、一番は志望校決めで悩みました。担任の先生からは、得意科目の社会が使える東大寺学園を第一志望にして、人気の大阪星光学院を受けてはどうかとも言われましたが、学校見学やパンフレットを見ていいと思った甲陽学院を第一志望にしたいと思いました。ただ、甲陽学院は、他の学校と違った出題形式で、独自の対策が必要で、併願校が受かりにくいし、社会が試験科目にない。受かる確率はだいぶ低かったです。でも、僕は挑戦した。(社会で成績底上げしていたから。)そうして後期は三科目でも勝負できるように、偏差値40台〜50台のダメダメ理科を徹底的にすれば、偏差値が60台後半まで伸びました。そしてやっぱり得点源の算数で底上げしたので、灘特進の合同授業の一番上のクラスくらいまでは行きました。苦手科目は絶対に対策してください。受験の神様は努力している人を合格させてくれるはずですよ。そしてやっぱり宿題はしていませんでした。絶対に真似しないでください。
6年生 いよいよ受験の年が始まりました。校舎は西宮北口駅ビル校に変わりました。特訓も始まり、本格的に勉強をします。一応宿題はしました。とにかく勉強漬けの毎日だったので、あまり覚えていませんが、夏期講習はサボってしまい、だいぶ成績が下がってしまったのは覚えています。夏は受験の天王山っていうのは本当らしいです。そして一番記憶に残っているのは得意科目の逆転。1月までは算数がいちばんとれていたのに、1週間前に算数が予想問題36点、国語は過去問84点。びっくりしました。
1/9愛光中前受けはホテルのふかふかの椅子で受ける模試のような感じで受けられて、意外と緊張感はありませんでしたが、トイレは激混みでした。
1/17、1/18甲陽 西大和
前日は本当に眠れませんでした。甲子園駅近くのホテルで仕事中の父に、「怖い〜寝れない〜」と泣き言ばっかり言っていました。父に曲をかけてもらって一旦安心。
ただ、寝た後も寝言で叫んでいたそうです。(父情報)
ただ、本番はもうやるしかないと思えました。この心の持ち方が一番大切かもしれない。トイレの場所を確認。給水場の場所を確認。安心して受けられた!訳ではありませんでした。緊張していたが、算数が思ったよりも簡単。いけると思いました。が。理科が激ムズでした。点数は分かりませんが、多分壊滅的です。ただ、2日目の国算も同じ要領ででき、良かったです。
西大和の移動中は寝たかったのですが、全く寝れず、試験もあまりマッチングしていないようでしたが、全力を出しました。奈良は遠いです。
帰るのが遅くなりました。
1/19洛南、甲陽合格発表
洛南は朝が寒く、手が凍っていましたが、友達が多数いて、良かったです。ただ、いつも通りできた感触は全くしませんでした。
終わると、母が迎えに来ていました、なんと西大和に合格していたというのです。気分が上がり、昼飯を食べると、夙川へ。もし45番がなかったら。不安でした。そして3時57分。トイレに行きたくなりました。急いで行ってかえってくると、3時59分。セーフ。すると、ありました。ありました。その後は泣いて帰りました。うれしかったです。こうして、関西の受験は終わりました。
来年の受験生へ 体調管理は絶対です。
今まで支えてくれた家族、先生方、友達の皆さん本当にありがとうございました。
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