竹田 亘輝 さん (所属:芦屋校)

合格までの道のり 僕は、特訓でも大して成績が良かった訳でもなく、むしろ悪い方でした。受験まであと50日を切ったあたりで先生に呼び出されて、なぜこの問題を間違えているのか問われたぐらいですから。でもそこからがんばって、最後の入試シミュレーションで合格最低点より10点上回ることができました。その時はすごくうれしかったです。その後も、過去問の結果は大して下振れすることなく、あっという間に受験がやってきました。受験当日の朝、会場に行くと六甲特訓の先生たちがいてくれてそこで激励してもらい、時間がきて教室に入って行きました。
最初の国語は、なんと言っても自分の得意科目だったのでスラスラ解けてホッとしました。しかし、一番苦手な算数は、いつもより簡単なはずなのに、答えの記入欄に答えが書けないんです。すごくあせってしまい、どうしようかと思いました。その時思いました。「あ、ぜったい落ちたな、どうしよう。」
その後の理科も思うようにこなせず、その時にはメンタルがボロボロでした。午後の明星中学の試験でも、思うように力が出せずどうしようかと思い、暗い感じのまま家に帰ったのは今でも鮮明に覚えています。「どうしよう。もし六甲がダメだったら、チャレンジの洛南を受けられない。」と心だけが先走るばかりでした。二日目の午前は、もう一度明星を受けに行きました。そこでも激励がありましたが、なんとそこに藤原先生がいたのです。最初びっ
くりして、誰なのか分からなくなるほどでした。そこで先生が、「昨日のことは忘れて、今の問題に集中しよう。」と言ってくれて、少し勇気が出て、好調に試験を受けることができました。さあ、いよいよ合格発表の時、家で父が見た後、ラインで結果を送ってくれるのですが、結果を大阪駅の広場で見ることになりました。ラインを開くと、結果はまさかの合格でした。その時はうれしすぎて、母と泣いたほどでした。すぐに関西本部に電話をして、六甲特訓の神崎先生に結果を伝えたら、「算数簡単だったでしょ。」と言われて、「答えを書くのをためらってしまったり、計算2題がどうも気持ち悪い数であせってしまった。」と答えたら、先生が笑ったことをよく覚えています。
さあ、翌日はチャレンジの洛南を受けることになりました。なんとかして合格者最低点で通りたかったので、なんと前日の午後六時に芦屋校に飛び込んで、先生に質問をしたぐらいでした。(行った時、先生たちは目が点になっていました。)
洛南の試験は淡々と終わっていきましたが、算数が予想以上に難しかったので、こちらも少し焦りました。終わったあとは、もう結果を待つのみです。二日後の午後四時に結果を家族で見たのですが、なかなか見られずにみんなで焦ったのもよく覚えています。やっと見ることができたのですが、残念ながら不合格でした。結果を藤原先生に伝えたら、「これまでがんばってきたことはムダにはならないから、中学でがんばれ」と言ってくれました。
そんな感じで受験は終わってしまいました。残念ながらチャレンジは失敗しましたが、通っていた特訓名の学校に合格できて、自分では良かったと思います。
これから受験を迎える人は、色々な壁があるかもしれないけれど、落ち着いて向き合ってほしいと思います。がんばってください。
最後に、今まで支えてくれた芦屋校の先生方、六甲特訓の先生方、遠くから支えてくれた先生方、本当にありがとうございました!
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