浦野 ひまり さん (所属:明石校)

私は3年生から日能研の灘特に入りました。灘特で勉強する兄を見ていたので、大変なことは何となくわかっていました。
3年生と4年生は順調に進みました。5年生になると塾にいる時間が長くなり、とくに算数が難しくなりました。ピアノ・書道・英会話を習っていたので、遊べる時間もなくなりしんどくなりました。でも塾に行って周りのみんなが自分と同じように頑張っているのを見て、やろう!という気持ちになりました。
私の場合、一番困ったのは志望校が決まらなかったことです。最初は自由な学校がいいなと言うと、先生からもお母さんからも神戸女学院をすすめられました。文化祭やオープンキャンパスにも行きましたが、絶対にここだとは決められませんでした。でも、神戸女学院を受験するなら社会が必要です。志望校が決まらないまま、とりあえず社会も勉強する日々でした。育テはきちんと点数をとれるように基本はしっかり勉強しました(これが大切)が、歴史に興味が持てず苦労しました。日本の歴史まんがも読みましたが、興味はわきませんでした。
そのうち、共学校の方がいいなと思えてきました。西洛特訓を受けていたので、洛南の受験も考え始めました。6年生の夏期講習前には志望校を決めた方がいいと言われましたが、決められないまま夏期講習は灘特と西洛特訓に参加しました。最終的には京都にある洛南に毎日通うのは大変だということ、神戸女学院の方が私の性格には合っているのではないかということから、11月に神戸女学院特訓にうつりました。この時点でもまだ迷っていました。
それまで、国語は安定して点数をとれていましたが、詩が苦手でした。詩の問題はできるときとできないときの差が大きく、最後まで不安が残りました。神戸女学院特訓にうつって一番ショックだったのは、算数の過去問が思っていたよりできなかったことです。灘特でかなり算数をやっていたので、そこそことれるだろうと思っていました。でも、そんなに甘くはなく、西洛特訓でやっていた過去問とはかなり違っていて、半分ほどしかとれないことが続きました。先生には過去問に慣れてきたらとれるから大丈夫と言われ、あきらめずに目の前にあることをひとつひとつこなしていくと点数が上がっていきました。心配していた社会がとれていたことで、頑張ろうという気持ちを保てたと思います。
そして入試当日、日能研で毎週末テストを受けていたこともあってあまり緊張しませんでした。毎週毎週テストで大変でしたが、そのおかげで、1日に午前と午後の2校を受験する体力と精神力がついたと思います。国語はまあまあできたので安心していると、算数が難しくて焦りました。でも社会と理科がいつも通りできたので少しほっとしました。体育のテストでは、苦手だった二重跳びがうまくできたので、ルンルンで次の神大附属の受験に向かいました。
合格発表の時間、私は白陵後期を受けていました。終わってからすぐに不安な気持ちでお母さんと結果を確認しました。私がボタンを押し、合格という文字を見た瞬間、やりきったと思いました。
神戸女学院の理科と社会は正誤問題でかなり細かいことを問われます。正誤問題は答えを確認するだけではなく、他の選択肢もどこが◯なのか、どこが✕なのかまですべて確認しました。とても時間はかかります。でもそのおかげで、知識を積み重ねられたと思います。私は冬期講習から一気にエンジンをかけました。最後の1ヵ月でも点数を伸ばすことができます。そのためにもどの科目も知識だけはつけておいた方がいいです。そして、自分を信じて残り1秒まであきらめないでください。
最後まで過去問につきあってくださった先生方、ありがとうございました。神戸女学院での6年間を目一杯楽しみます!
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