秋山 悠太 さん (所属:塚口校)

僕は3年の中期から日能研に入りました。入塾した当時はついていけてなかったけど宿題をちゃんとこなしたのでついていけるようになり、4年の最初のクラス替えは発展クラスになりました。今思うとこの時が一番楽に過ごせていたかもしれません。しかし次のクラス替えで本科クラスに落ちてしまいました。宿題をサボるようになっていたので当然ではありますが。ここから結構辛くなりました。お父さんから勉強するように言われたり、タブレットを見れなくなったりするなどいろいろ不自由になり精神的にもきつかったです。だけど旅行に行ったりするなどいろいろな思い出ができたので結構楽しかったのかもしれません。これは一年近く続きましたが、5年の夏期講習辺りに発展クラスに戻れたので少し肩の荷が下りました。ここから自分の快進撃が始まりました。昔には本科の20位近くだったときもありましたが急に成績が伸び始め発展の6位近くまでになりました。お母さんもお父さんもうきうきになり僕も嬉しかったです。さらに5年の終わり辺りに志望校の候補も出始め、6年になるまでに第一志望が確定して六甲になりました。6年になると六甲特訓に通い始めていっぱい友達ができました。しかしここで課題が出てきました。算数や理科の成績は伸びるのに国語は伸びるどころか下がり始め偏差値が50台ギリギリになりました。算数や理科は偏差値60台なのに国語のせいで全体で50台になるということが結構ありました。ここで悩みましたが国語はそんなに伸ばさず算数と理科を伸ばすことにしました。よくよく考えると国語を伸ばすほうが良かったと思うのですが、一応なんだかんだあって全体の偏差値が60台近くまで上がったので取りあえず良しとしましょう。もうひとつは4年の時に宿題をサボったことが影響してなかなか宿題を出すのが難しくなっていたので今後が心配でした。これも最終的に宿題を出さないことにしました。普通に考えて宿題を出せるようにするほうが絶対良かったのですが結局実力はほとんど下がらなかったので良しとしましょう。そんなこんなで冬期講習を終え本番が近くなっていました。みんなが最後にブーストをかけ頑張っているなか僕はいまだにタブレットを見ていました。友達や親に最後だから頑張れといわれているなか結局入試前日まで見ていました。正直入試前日に清風南海の過去問をやったとき以外はほぼ勉強をしていませんでした。そうして迎えた入試、六甲は国語が少しやばくて清風は過去問をやったことがなかったので大混乱し清風南海は理科のウミホタルがわからず時間切れになるなどどれも少し不安な気持ちがありました。結果は六甲は合格。清風はプレミアムで合格し清風南海はスーパー特進で合格しました。最終的に合格できて良かったと思います。最後に六甲か清風南海かで悩みましたが第一志望の六甲に進学することにしました。やはり最終的には学力よりメンタルが大事だと思います。合格した後の手巻き寿司はいつもより美味しく感じました。最後に言いたいことは、僕のまねは絶対にしないでください。
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