S・M さん (所属:南森町校)

僕は小さい頃から野球が好きで、小学1年生から小学校のソフトボールチームで活動してきました。
練習は土日祝に4時間ずつ。塾通いとの両立はきついこともありましたが、チームの仲間と声を掛け合いながら練習する時間は、とても楽しいものでした。
4年生のとき、初めて同志社香里中学校を見学に行きました。
校内に入ってすぐ目に入った広い野球グラウンドを見て、「ここにする!」と即断しました。
それ以来、同志社香里中学校は、常に僕の第一志望校となりました。
受験勉強とソフトボールの両立について、家族で話し合い、6年生の9月の大会までは続け、秋以降は受験勉強に専念することを決めました。
育成テストや公開テストは隔週で前受けをし、6年生の9月までは、ソフトボールも塾もほとんど休まず、両立を続けました。
大変でしたが、「どちらもやり切る」と決めて取り組みました。
実際には11月まで、時間が合えば練習や試合に参加していました。
算数は、短い期間で伸ばすのが難しいとの父の判断で、5年生の頃から基礎を大切にして優先して勉強しました。
一方で、理科や社会、国語の知識分野は後回しになり、6年生になって本格的に取り組み始めましたが、なかなか結果に表れず、結局最後となる6年生12月の公開テストでも低迷したままで、不安な気持ちが続きました。
けれども合田先生との個人面談で、先生が「同志社香里でいきましょう!」と心が折れそうになっていた両親を後押ししてくださり、何とか前向きな気持ちを保てました。
また西岡先生にも、同志社香里の情報をたくさん教えていただきました。
合田先生、西岡先生、ありがとうございました。
そんな中、12月の後半にコロナにかかりました。
体調はすぐに回復しましたが、自宅安静期間で登校できない数日間に、とても集中して勉強できたことが、今思うと大きな転機になったと思います。
冬休みに入ってからは、毎日、社まと、理まと、語句まとと、過去問にひたすら取り組みました。
社まとを1日に40回分解き進めた日もありました。
もうテストはなかったため、数字に表れることはありませんでしたが、自分の中では「確実に力がついている」という実感がありました。
両親もそれを信じて、最後まで励ましてくれました。
元日から受験前日まで、毎朝6時に起きて1時間勉強し、その後、父と一緒に大阪天満宮までジョギングをしました。
お参りをした後は、川沿いでピッチングをするのが、毎朝の決まった流れでした。
体力を保ち、気分を切り替え、生活リズムを整えるためです。
父がたくさん用意していた五円玉は、毎日参拝するうちに少しずつ減り、受験前にはほとんど残っておらず、継続してきたことを実感しました。
受験一週間前からは、受験当日の朝食を想定して、消化が良く、腹持ちの良いものをということで、毎朝母がしっかりと味付けされたお粥と、お餅を作ってくれました。
真冬の早朝、父とのジョギングから帰って来ると、土鍋でじっくり煮込まれた温かいお粥が待っていました。
弟も僕に合わせてゲームを控えてくれて、受験の数日前から受験期間中は、両親が僕にかかりっきりになるため、色々と我慢してくれたと思います。合格発表は弟も一緒に見て、心から喜んでくれました。
最後に、日能研の先生方、一緒に最後まで仲良く楽しく頑張った日能研の仲間達、そして家族の支えがあったからこそ、第一志望校に合格できたと思います。本当にありがとうございました。
この受験で学んだことを大切にし、勉強とスポーツを両立して最後までやり遂げた経験を自信に、中学校でもいろいろなことに全力で取り組んでいきたいです。
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