先輩からのアドバイス

中学受験・合格体験記

西大和学園中学校

吉川 博翔 さん (所属:豊中校)

    その他の合格校
    愛光学園中学校
    洛南高等学校附属中学校

入試期間日記

 僕は前受けを愛光学園中学校にした。今振り返ると本命の灘中学校よりも緊張していたなと感じる。会場である新梅田研修センターに向かうべく、バスに乗り込む。車内にも、知っている顔がいくつかあって、少し安心した。会場の玄関に着くと、先生方が何人かいらっしゃって、「頑張って!」と声をかけていただいた。他塾の生徒もたくさんおり、その波に飲まれながら会場に入った。しかし、実はここでとあるミスを犯していたのだ。
 自分の受験する部屋まで行き、席を確認するため名簿で受験番号を探そうとするのだがなかなか見当たらない。ようやく見つけた席に、おずおずと座る。リュックサックを開けて気が付いた。試験前に勉強するため折角持って来た参考書を親に預けたままにしていたのだ。後から聞くところによると、一旦会場を出て受け取ることも可能だったそうだが、この時僕はそれは出来ないと思っていたので、他のことをして緊張を和らげることにした。
 まず、文房具を人一倍丁寧に揃えた。必要ないのに鉛筆の先端をきっちりと合わせたりした。周りの人はみんな教科書を読んでいるのに、自分はティッシュを出したりリュックサックを開けたり閉めたりしていたので多分浮いていたと思う。何とかそうやって時間を潰して試験開始時間を迎えた。その瞬間、やっぱり過去問をやっていて良かったと思った。
 自分は、入試直前まで、愛光の過去問はやらなくていいだろうと考えていた。だが、親に「絶対やった方がいいよ」と言われ、渋々やると、理科の試験時間は問題に対してとてもカツカツであると気づいた。普段の解くスピードだと間に合わない。なので、入試本番ではそれを踏まえて丁寧かつスピーディーに問題を解いていった。だから理科はおそらく大丈夫だろうと感じていた。やっぱり過去問は大事だと学んだ。それでも合否が少し不安になった理由は算数にある。算数の最後の大問、僕は一番目の問題から全部出来なかった。みんなそんなもんだろうとその時は割り切っていたが、試験が終わった後、いたるところから「算数の最後の大問超簡単やったよな」という声が聞こえてきたのだ。更に、翌日塾に向かう最中にも友達に「あれは簡単すぎ」「えっ、できなかったん?それはやばいやろ」と言われ、絶望したのだった。それでも、数日後に発表された結果は合格。人生初めての「合格」だった。緊張と同じで、他の学校の時よりも、この時が一番嬉しかった。
 愛光の受験後、毎日塾に来て自習をすることになった。僕は、たまっていた土曜テスト、ファイナルステップ、ラストステップの直しに充てることにした。今思えば、随分長い間勉強していたので(本科授業より長かったと思う)我ながら頑張ったなと感じている。それでも苦痛に思わなかったのは、渡部先生の様々な気遣いがあったからだと思う。数日後、遂に前日特訓が行われた。
 前日特訓では、各教科別段難しい問題をするのではなく基礎の確認などをすることで入試問題に備えた。そして最後に勝ち栗入りマドレーヌをもらった。それをその日の夜食べて、入試に打ち勝てるよう願掛けした。僕たちが合格するために先生方は様々なことをしてくれているなと感謝した。
 統一入試日の朝。ぐっすり寝ていたら親に起こされ、うだうだ言いながら起き出すとまだ日も昇っていない時刻。何でこんな時刻に起こしたと問い詰めて初めて今日が入試だということを思い出した。急いでいつも通りの朝ご飯をとった。朝ごはんの量は普段と同じくらいでいいそうだ。電車に乗って入試直前講座の会場である岡本校に向かった。
電車に乗った時はまだ日も昇っておらず、「こんな時刻に電車に乗るなんて初めてだな」と感銘を受けた。しかし、乗っているうちに段々と空が緑色に染まってゆき、気付けば日が昇っていた。この感覚が、結構楽しかった。
岡本校に着くと、計算テストや基礎の復習、頭の活性化を行った。そこからはバスで灘に移動。受験票を手に灘に足を踏み入れた。親と別れたので不安が膨らみ募っていく。幸い、同じ教室に同じ校舎の友達が二人いたので休憩時間は彼らと話して緊張をほぐすことにした。だが、休憩時間に友達と話す内容について塾の先生から注意があった。それは、「決してテストの出来について話さないこと」。他塾の人に利用されてしまう恐れだってあるし、何しろ自分の精神面に影響して、その後のテストにも大きく関わってしまうからだ。そんな訳で友達をからかったりして過ごした。
 教室に入った瞬間は一瞬緊張感に包まれた。愛光の試験会場と違って実際の教室なので比べると当然小さい。本命であるという事は勿論だが、教室の大きさも関係していたと思う。しかしそれも、席に着くと段々落ち着いてきた。一番目にある国語は得意分野なので、そこでしっかりと点を稼ごうと気合いを入れた。自分の得手不得手に合わせて合格点に届くように、教科ごとに自分が大体どれくらいの点数をとるか予め決めておくことが重要だ。理科、算数と続き一日目が終わる。一日目は結構自信があったが、理科で全く見たことのない問題が出たのでそこをうまくできたかがポイントだ。この後塾で二日目対策講座があるがその前に腹ごしらえ。
 灘のグラウンドで大勢の保護者の中から何とか両親を見つけ出し一安心。たまたま通りがかったタクシーを捕まえて岡本校の最寄りの摂津本山駅まで送ってもらう。そこにあったスーパーイカリでステーキ弁当を買い再び岡本校へ。タクシーを捕まえることが出来たので、僕が一番乗り。早速一人でステーキ弁当を食べ始める。ステーキがやや硬かったのでソースをかけたら柔らかくなるかとソースを全部かけたらそのソースが思いの外辛くて食べるのに苦労した。そうこうしている間にも生徒の数は段々と増えていった。最後の人が食べ終わると二日目対策講座が始まった。二日目対策講座はひたすら二日目の予想問題を演習していく。二日目はあと220点分あり、一日目の結果がどうであれ二日目で十分変わる。一日目が多少良くても二日目が悪ければ意味がないし、一日目が悪くても、二日目が良ければ結果は覆せるのだ。また、二日目は国語と算数だけで、その形式も一日目とは随分異なってくる。一日目の算数よりは二日目の算数の方が得意なのだが本番どうなるかは分からない。それに、一日目は、算数もそれなりの点数を取れているのではないかと感じていた。また、この時に小松原代表か会長のどちらかが(今となっては思い出せない)激励にいらっしゃった。心を奮い立たせ、二日目も頑張ろうと改めて思った。
 その後は電車で家に帰ったが、車内でも友達と試験の手応えなどは話さなかった。家では普段通り夕食を食べ、その日は早めに寝た。
 翌朝も早く起きた。二日目も直前講座があるので、岡本校へ向かう。そこでも再度二日目の対策が行われる。一日目と同じ流れで灘に向かう。塾の人たちと一緒にバスに乗るという事は無かったので、少しウキウキした気分ではあったが直ぐ試験なのでそんなにぼんやりはしていられない。
 もう二日目なのでずいぶん慣れた。教室に入り国語、算数の順に試験を受ける。結果としては、算数二日目は予想を大きく外れて一日目よりも悪そうだ。計算してみると、二日目の算数もそれなりに取れば何とか合格というところだったので、合格は難しいと思われる。
 午後は併願の西大和の入試があるので急いで住吉駅から電車に乗り込んで王寺駅まで乗り継ぎつつ向かう。車内で、両親が買ってくれていたおにぎりを幾つかと野菜ジュースを飲んだ。一日目から思っていたが、緊張で食事が喉を通らないという人もいるようだが僕はそういうタイプではないようだ。暫く電車に揺られ、王寺駅に着いた。灘を受験したほとんどの人は、西大和にも来ているだろう。
西大和の玄関口に小松原会長がいらっしゃって、渡部先生と共に労いの言葉をかけて下さった。西大和の教室でも、同じ教室の友達が二人いたし、もう試験も通算四回目なので、緊張はしなかった。だが、灘がダメだった時のことを考えると、第二志望のここには受かっていなければならないと思い、気合いを入れなおした。それよりも、試験が終わる時間を見て、どっと疲れが押し寄せてくるような感覚に陥った。午後からの試験なので仕方がないのだが、終わる時間が18時20分位なのだ。睡眠時間を除けば灘と西大和合計してほぼ一日中試験を受けていることになる。さすがにしんどいだろうと感じて、ほんの少しやる気が出なくなった。頑張らなくては。
 西大和も過去問は数回やっているので大体解く方針は決めている。普段通りの力を出せば合格できる。そう言い聞かせて(実際過去問やっていてそうだった)自信をつけて解き進めていった。
 試験が終わると父が校庭で待っていてくれた。夕食は母がカレーを作ってくれていた。両親も僕のために頑張ってくれているなと改めて感じた。西大和か灘のどちらかには受かっているだろうと期待をかけていたし、洛南は受かってもあまり行く気が無かったので、三日目の洛南受験はもういいかと考えていた。父もそれでいいのではと言っていたが、母が「もし灘にも西大和にも受かってなかったらどうすんの?愛光の寮に行くの?」という言葉で何とか「受けよう」と気持ちを持っていくことができた。
 三日目。やっぱり朝は行く気が起きなくて、うだうだしてしまったが、京都駅に着いた時には、その気持ちも随分落ち着いていた。京都駅から洛南までは結構歩かなければならない。その道中に、日能研の先生方が立っていると聞いた。暫く歩いていると、上山先生と渡部先生に出会った。渡部先生には「洛南はお前の得意な国語を存分に発揮しろ」と言って頂いた。どうやらこれから東大寺の応援に行くところだったらしく、ぎりぎりで間に合って良かったと思った。その後少し歩くと鷹野先生、倉富先生、荒賀先生などがいらっしゃって、母が倉富先生に、僕が洛南をあまり受けたくないと思っていることを話すと、倉富先生は、「あああ、そんなんダメダメ!」とおっしゃった。倉富先生は他にも色々な応援をしてくださって、その話を聞いて、士気が鼓舞された。荒賀先生には、再度僕の国語の点の取り方をどうするか確認をしていただいた。
 色々な人に応援されながら行列に並んで洛南に入った。洛南には同じクラスの友達は一人しかいない。殆どの人は三日目併願は東大寺を選択している。奇跡的にその一人の友達と一緒の教室だったが、休み時間に話すことはできなかった。洛南は僕の得意な国語でも見直す時間がない程だったので、スピーディーさが求められた。算数の立体図形は超難問が出る学校として有名だったので心して臨んだ(問題を全て取り切る必要は全く無い)。
 僕が洛南の試験を受けている間に西大和の合格発表があるので、僕は試験後両親と合流してから結果を知ることになる。なので、全ての試験が終わった後、心は高鳴っていた。学校から出て両親と合流。西大和は合格と告げられ安堵した。ここ東寺は世界遺産なので、折角だから少し見物することにした。カモたちと戯れた後、京都駅までの道のりで美味しそうな和菓子屋さんがあったので、山菜おこわと和菓子を買って帰った。もし西大和に合格していなかったら四日目の六甲入試対策特訓の為に大急ぎで塾に向かっており、こんな暇はなかったし翌日もその翌日も試験を受けなければならないところだったので、受かっていて本当に良かったと思った。だがもう試験はしなくていいので、明日から小学校に行くことにした。
 因みに、クリスマスのプレゼントをサンタクロースに頼むと、「それは入試が終わってから」と書かれてあったので、もう入試も終わったことだし、洛南からの帰り道、空に向かって「サンタさん、プレゼントを下さい!」と叫んで家に着くときちんとプレゼントが届けられていた。
 学校に登校した翌日、洛南の併願も合格していたという知らせが入ったが結果西大和に決め、西大和には塾の友達も沢山いることがわかり、中学校生活がとても楽しみになった。

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