川西校で学ばれた方の体験記
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魔法の66日間
寄稿:2026年春
お名前:田中 沙羅
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:
私は、5年生まで海外にいたので、日能研に入塾したのは6年生の4月からでした。受験自体は自分がしたいと言い出したので、志望校は地理的に近い、大阪教育大学附属池田中学校になりました。しかし、海外にいた年数の関係で、国際枠受験はできませんでした。 残念なことに私は、志の割にはコツコツ努力しない型の人間でした。私は国語が得意で算数が苦手だったので、算数を集中攻撃しなくてはいけないことは明らかだったのですが、成績は普段国語がカバーしてくれたので、それを言い訳に逃げ回っていました。 そんな私が現実を見るようになったきっかけは、入塾してから初めての公開模試でした。それまでの育成テストは何とか点が取れていたのですが、公開模試は難度が高く、自分の実力が全く足りないことを思い知りました。それから次の模試までは熱心に勉強したら、いい成績を収めることができました。その時以来、私が使っていた勉強スケジュールをここに紹介します。 月曜日→塾に行く 火曜日→宿題の半分を終わらせる 水曜日→宿題を終わらせる 木曜日→前のテストの解き直し 金曜日→木曜日のとき直し 苦手分野の練習 土曜日→得意科目の強化 過去問(志望校別特訓)解き直し 日曜日→塾に行く テストの解き直し いきなりこのスケジュールで勉強するとギブアップしてしまうと思うので、まずはたくさんの宿題をこなすことから始めてください。日能研の宿題をやるだけで基礎的な学力はつくので、最初はそれでいいと思います。 また、人間には、66日間同じことをすると、それが習慣になるという調査結果が出ています。勉強も同じことです。今この文章を読んでいる皆さん、時間は限られています。これから一刻も早く「魔法の66日間」を活用してみることをお勧めします。 最後に感謝を。私の受験が成功したのは、日能研の先生方が応援し続けてくれたおかげです。自信をくれたK先生、笑いをくれたY先生、知識をくれたH先生、やる気とくだらないジョークをくれたY先生、解説がわかりやすかったO先生。 本当に、ありがとうございました。 -
受験勉強で大事にしたこと
寄稿:2026年春
お名前:Y.C
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:
僕は、5年生から塾に入りました。最初は、授業についていけるかなど心配事も多かったけれど、5年生のうちは、授業にもついていくことができ、順調でした。しかし、6年生からテストの点数や偏差値が下がっていきました。その時期は、第一志望校に受かれるのかと不安になっても焦ることがあまりありませんでしたが、夏前になってこのままでいいのかと思い、土曜コースから、本科発展コースに移ることにしました。夏期講習は、もちろん時間が長くてしんどいと思うこともあったけれど、そのような中で大事にしていたのは、無理して勉強をするのではなく、なるべく9時台には寝るようにすることを心がけていたことだと思います。この時期には、宿題に余裕があればやるようにと言われていた範囲などを積極的に取り組むようになりました。第一志望合格という目標がモチベーションにつながっていました。 そして、この頃から志望校特訓で過去問に取り組むようになりますが、最初の点数は、国語はとてもよかったのですが算数がボロボロ。そしてその後も同じような結果が続いてしまいます。その後の冬期講習。ここから、志望校の過去問の解きなおしに積極的に取り組むようになりました。二科目受験なので理科で浮いた分の時間を過去問の解きなおしに回しました。また、授業の開始よりも早く塾にきて自習をすることもありました。ここで、合計10年分ぐらいの過去問を解き直すことができ自身がついたと思います。 そんな調子で本番当日。「今まで自習もしてきたし、大丈夫」という気持ちと、「やっぱり算数の点数が悪いし…」という二つの気持ちがありました。しかし、そんな心境の時に先生が「できた時のことを思い出して」と言ってくれたのが今でも強く心に残っています。この言葉のおかげで「やっぱり算数の点数が悪かったし」という不安な気持ちが消えていき、自信をもって受験本番に臨めました。結果は合格。こうして振り返ってみてもテストに自信は重要で、先生が言葉をかけて不安をなくしてくれたのが少なからず合格に関係しているのかなと思います。 この文章で大きく伝えたかったのは3つ。 ・睡眠、休息もはさんで無理をしすぎず。 ・自習を積極的に。 ・自信が大事。 です。とりあえずこの3つを意識してみて下さい。 -
諦らめない心
寄稿:2026年春
お名前:村中 心美
進学校:関西学院中学部
他の合格校:関西大学北陽中学校 甲南女子中学校
私は、4年生の11月に日能研に入塾しました。最初の頃の公開模試では平均偏差値が30台をさまよっているばかりでした。 そこで、昼には自分ができる宿題を、夜には母と分からない問題やその日の授業の教科書を丸々よんで勉強の質を上げました。 すると、6年生の最初の公開模試では平均偏差値は49まで上がりました。 しかし、中々成績は安定しないまま夏期講習になってしまいました。夏期講習では苦手な理科と算数に力を入れて一生懸命勉強しましたが、講習明けの公開模試では成績が上がるどころか下がってしまいました。 そこで、第一志望校の科目数である3科目に変え、社会の時間を理科や算数に費やすようにしました。すると、成績はみるみる上がり、入試前の公開模試では平均偏差値が58に、実戦模試では合格圏内に入ることができたため、落ち着いて本番を迎えることができました。 当日の朝は5年生から苦手な問題の解法や豆知識をまとめてきたメモ帳を片手に第一志望校へ向かいました。いつも通りにテストを解けた上、かなりの手応えを感じられたので正直合格すると思っていました。 その後の午後のテストも2日目の午前のテストも順調に解け、自信をもって第一志望校の結果をみることができました。ドキドキしながらみた画面の向こうには不合格という文字。そのときは絶望しかありませんでした。 しかし、そのすぐ後にもテストがあり、現実を受け入れることができないまま会場へ行きました。私は諦めてはいけないと自分に言い聞かせていました。 そして3日目になり、残すは第一志望校の2次試験。試験前に所属校の先生や特訓の先生に応援してもらったおかげで自信をもって挑めました。国語は消しゴムを出し忘れたり解答欄がずれたりしましたが、過去一番の手応えがあり、算数は得意な問題で焦ってしまったけれど、小問では落ち着いて解くことができました。 その後は第二、第三志望校の結果発表。どちらも合格!そのおかげで心が少し軽くなりやっと安心することができました。 次の日になり、第一志望校の結果発表。 桜の花びらの間から合格おめでとうという言葉が目に飛び込んできました。その時は本当にうれしくてたまりませんでした。諦めずに頑張ってよかったと心底思いました。 最後に、励まし続けてくださった川西校、西宮北口校の先生方、ずっと勉強を教えてくれたお母さん、塾のお迎えをしてくれたお父さん、ありがとうございました。 中学受験という経験をサポートしてくれたみんなに感謝しています。 -
あっという間だった僕の受験生活
寄稿:2026年春
お名前:Y.H
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:雲雀丘学園中学校 箕面自由学園中学校
僕が受験で一番大切にしていたことは、『いつも通り楽しく過ごす』ことだ。僕は受験前だからと言って過度に意識したりせず、他の習い事も続けとにかくできるだけいつも通りに過ごしていた。全てを両立させることは簡単ではない。学力も必要だが、体力もすごくいる。しかし、この両立が僕が最後までわりと楽しく勉強し続けることができた秘訣だとも思う。 僕が日能研に正式に通い始めたのは六年生の四月からだった。それまで模試などはたまに受けていたが、みんなが塾に行っている中、僕は家でマイペースに勉強していた。なぜなら、受験をすると本格的に決めたのが受験の一年前である五年生の冬だったからだ。周りと比べると、なかなかぎりぎりな決断であったと思う。 僕が第一志望とした大阪教育大学附属池田中学校をはじめ、僕の受験校は結果的には全て二科目(大阪教育大学附属池田中学校は+作文)となった。もともと附属池田中学の受験科目のはずであった理科が途中でなくなったのだ。それが分かったのは六年生の夏だった。僕はそれまで理科が好きで強化もしてきたので少しショックだった。しかし、人前で話すのがあまり得意でない僕にとって二次試験の一つである面接が無くなったのは少しラッキーでもあった。急に変わった新たな制度に慌てた僕たちとは違い、日能研の先生方は冷静に今すべきことをしっかりと教えてくれた。 僕が受験一か月前に特に心がけたことは、「宿題以外の所も家で解くこと」と、「先生にどの問題を解くのが自分にとって効率が良いか聞くこと」だ。授業中に先生から、「この問題を解いてね」と言われた後、解き終わったら「終わった~」と時間を無駄にするのではなく、時間いっぱい他の問題も解くことも心がけた。 1月17日の午前、いきなり僕の第一志望校である大阪教育大学附属池田中学校の受験だった。家族や友達のお母さんからもらったお守りや、日能研の先生方がメッセージを書いてくださった手ぬぐい、自分で買った合格お守りをいつものリュックの中にたくさん入れて、試験会場に向かった。試験会場に着くと、すでにたくさんの受験生が並んでいた。僕は少し緊張していた。すると、日能研の特訓の先生方がNバッグも持っていないのに気が付いてくれて、「いつも通り落ち着いて解けば大丈夫」と言ってくれた。その先生の言葉と、日能研で知り合った友達と会場で会えたこと、そして家族からの「大丈夫!」という言葉で僕の緊張はかなり和らいだ。 そして迎えた試験本番。まずは日能研の模試と同じように国語から始まった。不安な問題が2問あった。だが、最初の科目で自信をつけておかないと後の科目の調子が悪くなってしまう。だから、「みんなも分からないと思っているはずだ」と思うことで、国語の試験をなんとか終えることができた。そして、2科目目は算数。算数の試験はとても難しく、途中まで白紙のところが6箇所もあった。しかし、そこで「次には作文があるから大丈夫」と思い、諦めずに簡単そうな問題を探して解いた。すると、さらに2問解くことができた。そして、最後の科目は作文。作文は先生に添削コメントをもらい最初の頃より書けるようになっていて自信があったので「算数の分を巻き返すぞ」という思いで書いた。その結果、合格することができた。こうして、僕の第一志望の受験は終わった。 1月17日の午後と18日の午前も他の学校を受験した。連続受験だったため心身共に疲れていた。それに、「第一志望校受かっているかな」という不安が大きかった。しかしリラックスして次の試験に臨めたのは、お母さんとお昼ご飯を食べながら家族と電話したり、会場で日能研の先生方に頑張ってと応援してもらったからだと思う。そうして、その次の日に受けた学校も合格することができた。 僕の附属池田中学校の算数のように、問題を取捨選択し、最後まで諦めずに頑張って解くと問題が解けることがあります。なので、みなさんも最後まで諦めずに問題を解いて欲しいと思います。また、自信が無くても焦らずに試験に臨んでください。みなさんは今までにたくさん勉強してきたはずです。だから、とにかく自信をもって試験に臨んでください。そうすればきっと合格へ一歩近づくはずです。そして合格に導いてくれた日能研の先生方、本当にありがとうございました。 -
アメリカ生活から池附合格まで
寄稿:2026年春
お名前:R. K.
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:雲雀丘学園中学校 金蘭千里中学校
ぼくは2年生から6年生の春までアメリカに住んでいました。ぼくが通っていた現地校には同学年の日本人は1人もおらず、日本人の同級生と話せる機会は毎週土曜日だけ開校される、車で45分ほどの距離にある補習校だけでした。もちろん中学受験をするための塾など周りにありません。5年生の2月から日能研webの海外受講を始めたところから、ぼくの本当の受験勉強はスタートしました。国際郵便で届いた日能研のテキストの分厚さと多さにびっくりしたのを覚えています。日本にいる同級生たちはこんなに勉強しているのかと驚きました。 いよいよ日本に本帰国し、日能研川西校に入室しました。先生がわかりやすく面白い授業をしてくれて、休み時間ではわからない問題について解き方を教えてくれました。家から川西校までは遠かったですが、いつも楽しく通うことができました。 池附特訓では、授業を重ねるごとに先生への信頼が深まり、先生の言っていることをきちんとやれば池附に受かるだろうなと自信がついていきました。 11月の公開模試でこれまでにないほど偏差値が下がったことがありましたが、先生からは池附の特殊な問題に合ってきている傾向だと言われて安心しましたし、確かに池附特訓では安定していい点数を採れるようになってきていたので、その先生からの言葉で、この調子でがんばれば合格できると確信できました。 また、池附の国際枠では面接試験があり、室長が面接の練習をしてくれました。本番当日、室長が質問してくれたことが実際に質問され、その質問は対策済みだったので、心の中で、「室長ありがとう!」と思いました。 筆記試験当日は学校の受付に一番乗りでした。二番目に来た子も同じ川西校池附特訓に通う子だったのと、川西校の先生も応援に来てくれたので、すごく緊張がほぐれました。算数の問題はこれまでの傾向と違い、難しい問題が多く、少し焦りましたが、他の受験生も解けてないだろうと思い、落ち着いて解き進めることができました。無事に合格できてよかったです。 最後に、支えて下さった日能研の先生方、本当にありがとうございました。 -
中学受験を終えて
寄稿:2026年春
お名前:M.Y
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:
私は小学4年生のとき、友達が中学受験をすると聞き、「私も挑戦してみたい」と思い日能研に入りました。最初は体操と両立しながら土曜コースに通っていましたが、宿題を後回しにしてしまったり、授業中に集中できなかったりすることも多く、成績はなかなか伸びませんでした。 それでも通い続けるうちに、少しずつ勉強に向かう姿勢が変わっていきました。授業をしっかり聞き、宿題にもきちんと取り組むようになると、成績が上がり始めました。わかる問題が増えていくことがうれしくなり、勉強することが少しずつ楽しいと思えるようになりました。 5年生になると授業時間は増えましたが、前向きな気持ちで通い続けることができました。 6年生になるとき、受験に集中するため体操をやめ、本科発展クラスに入りました。授業のレベルは高く、宿題の量も多くなり、ついていくのがとても大変でした。思うようにできず、何度も「もうやめたい」と思いましたが、これまでがんばってきた2年間を無駄にしたくないという気持ちで、あきらめずに続けました。 その後、大阪教育大学附属池田中学校の受験方法の変更と募集人数が減ることを知り、「もう合格できないかもしれない」と不安でいっぱいになりました。そんなとき母が、「これはチャンスだよ。科目が減る分、二科目に集中してがんばろう」と声をかけてくれました。その言葉で気持ちを切り替えることができ、二科目にしぼって勉強に取り組みました。その結果、成績は伸び、模試で初めて一列目を取ることができました。このときのうれしさは今でも忘れられず、大きな自信になりました。 夏期講習や冬期講習も、友達と励まし合いながら乗り越えることができました。つらいときでも仲間がいることで、「もう少しがんばろう」と前向きに思うことができました。 受験を通して、私はあきらめずに続けることの大切さを学びました。すぐに結果が出なくても、努力を続けることで少しずつ力がつき、自信につながることを実感しました。支えてくれた家族や先生方、一緒に頑張った友達に感謝しています。中学校でも、この経験をいかして、何事にも努力を続けていきたいと思います。受験生の皆さんも大変だと思いますが精一杯頑張ってください! -
戦い抜いた、受験期間
寄稿:2026年春
お名前:生原 大晴
進学校:清風中学校
他の合格校:大阪教育大学附属池田中学校
僕は小学校からの連絡進学を目指して日能研で勉強を始めた。初めは、大丈夫かなと不安だった。ですが、慣れてくると友達もでき楽しく毎日通い、宿題をすることができた。五年生になると、連絡進学に関わるテストの対策講座など本格的に連絡進学に向けた勉強を始めた。そんな練習をしながら六年生になり、一回目のテストが終わり———。夏休みに入った。ふと思った。 「このまま中学受験をしてもいいのではないか。」 でも受験まで一年を切っていた。すぐに両親に相談する。するとタイミングよく近くで合同説明会があり、聞きに行ってくれた。自分に合った学校はここだ!そう思ったのは、合格した「清風中学校」だ。必死になって勉強した。ほかの受験生が今まで行ってきたことに追いつかなければ!!本気でそう思った。残された時間は半年。過去問を解き、合格の可能性を高めていった。けれど合格点には程遠い。このままでは……。という毎日。いろいろ試行錯誤を重ねて準備をした。日能研での先生の話や問題を真剣に聞き、真剣に取り組んだ。その中で、中学校にも見学に行き、雰囲気を知った。どんどんと「清風中学校に行きたい。合格したい。」という思いが強くなっていった。そのためにいろいろな問題集を買ってもらった。例えば、僕は平面図形が苦手なので、図形ばかりの問題集や面積比と相似比の本など様々だ。 そこで、皆さんに伝えておきたい。自分に合ったものを使って取り組むこと!弱点を強化し克服すること!それだけで得点源が増える。結果的にいい点が取れる。それだけでない。受験でいい点が取れることも重要だが、それまでの体調管理も大切だ。準備段階で体調を崩したら大変だ。そのためには、気を引き締めること!気を緩ませないこと!後は……。一週間前ほどから、当日と同じ時間に起きること!練習になります。僕は毎日五時三十分起床でした。当日忘れ物をしないこと!本気で問題と向き合うこと!それで十分。嫌だなと思う問題もあるかもしれない。でもそれは、ほかの受験生もできていないかもしれない。努力した人、ここまで積み上げて来た人。必ず報われます。皆さんの合格を心から祈っています。 -
日能研でよかった
寄稿:2026年春
お名前:T.F
進学校:高槻中学校
他の合格校:愛光中学校 雲雀丘学園中学校 開明中学校
僕は4年生から日能研川西校に通い始めました。 4年生のときに、学校の授業より進みがはやい塾の授業の楽しさを知りました(特に山室先生の算数が楽しかったです)。宿題もあまり多くなく、習っていたサッカーと両立していました(サッカーの練習や試合とかぶったときに振り替えができるのは日能研の良さのひとつだと思います)。 5年生のときは授業が多くなり、宿題も増えましたが、そのぶん友達もたくさんでき塾がもっと楽しくなりました。冬期講習で豊中校に行ったのもいい経験になりました。 6年生になると細見先生の授業のおかげで知識がつき、苦手だった国語の点数が上がりました。また、6年生になったくらいの時に志望校を高槻中学に決めて、勉強のモチベーションが上がりました。さらに学校の放課後、サッカーではなく友達と勉強し、お互いに分からないところを教え合いました。そのころ僕は、学校を楽しめておらず、塾に行ったり、友達と勉強したりする時間が心の支えになっていました。 夏期講習になると高槻特訓に行くようになり、そこで豊中校の友達と再会し、とても嬉しかったです。 後期になるとサッカーを休み、勉強中心の生活に切り替えました。学校の休み時間なども計算マスター、理科のまとめ、語句のまとめなどをしました。 ファイナル、冬期講習では過去問をたくさんこなしました。最後の模試は3年間で一番偏差値が高かったです。 入試直前期は学校を休み、愛光中学を前受けで受けて入試の緊張感をあじわい、健康ドリンクを飲み、必勝手ぬぐいを枕の下にしき、早寝早起きを心がけました。ちなみに僕は愛光中学で名前を書き忘れたので、みなさんは注意してください。 そして無事に統一入試日を迎えました。僕はたまたま隣の席が通常授業も特訓も一緒の仲のいい子だったので、あまり緊張せずに受けることができました。 二日目は開明中学を受けた後、高槻Bを受けに行きました。当初の予定では、高槻Aの合否を見ずに受ける予定だったのですが、合格者の番号が張り出されていたので、自分の番号を探しました。結果は合格でした。自分の番号があるのを見て、はやく日能研の先生に伝えたいという気持ちになり、高槻Bを受けるのをやめて、高槻校に行きました。激励の時に僕に「合格してこい」ではなく「高得点叩き出してこい」といってくれた秋田先生が「おめでとう」といってくれました。その後川西校にも行きました。 ここからは次の受験生のみなさんにむけて少しアドバイスを書こうと思います。当たり前のことですが計算マスターは毎日しましょう。小テストの予習はしっかりとしましょう。理科のまとめ、語句のまとめは大切です。できれば学校の休み時間などにもしましょう(ちゃんと学校の先生の了解を得てからしてください)。あとやりすぎはよくないです。やるべきことをちゃんとやった後は、少しリラックスしましょう。毎晩、本を読むのがおすすめです。それから直前期は、学校を休んだほうがいいと思います。風邪をうつされるかもしれないし、怪我するかもしれないし、意味不明ないざこざに巻き込まれるのはもっと困ります。 最後になりましたが、家族、先生がた、チューターのみなさんありがとうございました。 日能研大好きです。 -
人生初のうれし涙
寄稿:2026年春
お名前:M.S
進学校:高槻中学校
他の合格校:雲雀丘学園中学校 関西学院中学部
自信あり!と母に伝えたのは、受験初日、第一志望校の試験が終わった時でした。 特訓で過去問をすると、算数の得点がまあ悪かったのですが、この試験では、算数がよくできたように感じたので、自信があったんです。 そのまま、午後の第二志望校の試験も終えて、スッキリした気持ちのまま布団に入りました。 次の日、結果発表がありました。午後にはB日程があったので、この結果で試験を受けに行くかどうかが決まります。 時間になりました。結果発表のボタンを押しました。 あ、あぁ…。 「残念ですが、今回の試験の判定結果は不合格です」 さすがに泣きましたね。自分が自分に裏切られたような気持ちです。自信があった算数の結果は半分を割り、得意分野の国語もいつもより悪かった。 リビングにいる家族。自信があると言った自分。スマホの画面に出た文章。この結果。何もかもに腹が立ち、涙が止まらなかったです。 A日程無理だったのに、B日程受かるわけないじゃん。Bの方がムズいんだから。受けに行きたくない。第一志望に合格するとか、無理じゃない? 私の心の中こんな感じです。でも、昼ごはんを食べてから、若干落ち着きました。 結局、B日程を受けることに。そもそも、不合格の時点で受けないなんて選択肢なかったんですけどね。 B日程は緊張しました。第一志望校に入学するための、本当に最後のチャンスだからです。気楽に行こう、と思っていたA日程とは全く違う気持ちになりました。 試験会場に入り、トイレに行ってから着席。心臓の音が聞こえたまま国語を終え、算数と理科も同じように一瞬で終わりました。 会場を出て母に会っても、試験については一切話しませんでした。話してダメだったので、話さずにいよう、という考えです。 月曜日、学校を休み、第三志望校の試験を受けました。苦戦することなく終わりました。とても雰囲気が良かったので、第一志望校がダメだったら、この学校に行くのもありかな、と思ったりもしていました。 その午後、あまりにもお腹が空いていたので、近くのショッピングモールに寄り、昼ごはんを食べました。そして、食べながら第二志望校の結果を見ました。見事合格!母と二人で見たのですが、父にもラインで教えました。ラインは大盛り上がり。母も父も、おめでとうと言ってくれたことで、うれしさが増しました。 火曜日、私は学校に行きました。学校で、どうだった?と何度聞かれたことか。一応、一つ合格をいただいたので、笑顔で答えられました。一方、私の第一志望校を知っている子には、今日結果発表なんだ!と伝えましたね。この日の午前が、第一志望校B日程の合格発表の時だったんです。事情があって、私が帰る前に親は合否を確認。 私は学校で発表の時間を迎えました。不安だったため、5・6時間目は授業に集中できず、あっという間に下校時間に。 どうなんだろ。ダメだったらどうしよう。もう家に帰りたくない。結果見たくない! そんな気持ちいっぱいで帰ってきました。おかえり、のトーンが低かったので落ちたことを察しました。落ちこんでいる感をできるだけ出さないように、リビングに入りました。 おめでとーー!と弟が出迎えると、母と父は第一志望校合格の画面を見せてくれました。 その瞬間、私は人生初のうれし涙を流しました。あの時とは真反対の涙です。人生で一番うれしかったです。 学校で友達に結果を伝えると、おめでとう!と言ってもらえました。第三志望校にも合格できました。 この一部始終、一生忘れません! 今がんばっている受験生のみなさん!今はメッチャ大変です。ですが、受験が終わったら、超ハッピーな日々が待っています。自分の納得のいく結果になるように、最後の最後まで、あきらめずにがんばってください。私みたいな人もいますから。みなさんが、行きたい学校に行けること、私は応援していますよ!ファイト! 最後に、応援していただいた塾の先生、本当にありがとうございました。 私は、春から第一志望校、高槻中学校に通います。 -
自信が結果につながる
寄稿:2025年春
お名前:K.T
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:高槻中学校 雲雀丘学園中学校
私は、五年生から日能研に通い始めました。初めは宿題をするのが精一杯で、余裕のない状態でした。けれど先生の授業が面白く、毎回日能研に通うのがとても楽しみでした。 公開模試の成績は入塾した頃から徐々に上がっていきましたが、六年生の夏期講習後一回目をピークに少しずつ下がっていき、本当に第一志望校に合格できるのかどうか少し心配になりました。しかし、「せっかくここまで頑張ってきたのに、第一志望校に合格できないのは絶対いや!」と自分に言い聞かせ、過去の入試問題の十二年分を繰り返し解き、自信をつけていきました。その時には、間違えた問題をしっかりと解き直し、自分の中に落とし込むということを特に心がけました。そうすることで、「試験当日に同じ問題が出題されたら必ず解ける!」という大きな自信につながると思ったからです。 また、この頃私は高槻中学をチャレンジ校として受験することを決めていました。高槻中学は初め、志望校を決める時には視野に入れていなかったのですが、夏期講習後一回目の公開模試の成績を通して聞いた、担任の先生の話をきっかけに、「受かったら嬉しいな」というくらいの気持ちで、過去の入試問題を解き進めました。しかし、二〇二四年度の入試問題は算数の点数が半分くらいしかとれませんでした。第一志望校の入試問題をとにかくやり込んでいたので、高槻中の入試問題は直近の二年分しか取り組むことができずに試験当日を迎えることになりました。 一日目は安全校、二日目にチャレンジ校、そして第一志望校を受験し、どの試験もいい緊張感を感じながら集中して問題に取り組むことができました。そのおかげか、過去の入試問題よりも少し簡単に感じることが多かったです。 そしてついに合格発表。結果は全て合格。まさかのチャレンジ校まで合格するとは思ってもいませんでした。初めは長いように感じた二年間でしたが、全力で勉強に打ち込んだ二年間はあっという間に過ぎ去ってしまいました。 そして受験生の皆さんに三つ伝えたいことがあります。一つ目はとにかく自信をつけてから受験に挑むということです。自分なりの方法で「必ず受かる!」と思えるようにしていきましょう。二つ目はまちがい直しはきちんとするということです。自分の中に落とし込むことで合格にどんどん近づいていくと思います。三つ目は、本番では落ち着くということです。緊張する人が多い中、緊張を味方につけて落ち着いて問題に取り組んでください。がんばれ受験生!! 最後になりますが、二年間支えてくださった川西校の先生方、本当にありがとうございました。 -
体調管理の大切さと自分から勉強する大切さ
寄稿:2025年春
お名前:M W
進学校:三田学園中学校
他の合格校:
私は、小学五年生から日能研に通いました。初めは、軽い気持ちで勉強をしていましたが、六年生になるとだんだん緊張感とプレシャーを感じるようになってきました。「落ちたらどうしよう」とか「都合のいい言い訳を考えないとなあ」とか気づけば落ちることが前提に色々考えていました。公開模試で自分が受けたい学校の偏差値を、ほとんど超えることができなくてそういう考えになりがちだったけれど、公開模試が全てじゃないんだ!と、これから中学受験する人に知ってほしいのです。 私は、三田学園一筋で勉強してきました。三田学園は、基本問題が多く、語句のまとめ、理科のまとめ、社会を受験する人は、社会のまとめもやっておくと安心です。私には後悔があります。それは、語句のまとめをきちっとやらなかったことです。語句のまとめは問題数の多いことから、私は甘えてしまって、入試問題の語句が少しだけ分からなかったのです。そのときとてもイライラしました。自分がほんの少ししか努力をせず、遊びを優先してやらなかったことです。ですから今から受験する人には後悔がないように目標を立てていってほしいのです。 次になぜ体調管理が大切かを説明します。私は、十二月にIGA(アイジーエ)血管炎という病気で入院しました。そのときにファイナルが始まってしまい、追い込みのスタートダッシュに遅れてしまいました。そのせいで不安が倍増してしまいました。入試一週間前には、定期検診やしんどくなったりつらくなったりしたときもたくさんありました。不安も少しずつ大きくなり、受験本番では、なぜか不安が重すぎたせいか、緊張よりも不安が勝ちました。冷静に問題が解けるけれどもなぜかずっと、暗い気持ちで受けていました。過去問よりも解けるようになったとき、とても嬉しくって思わずにやけてしまいました。中学受験がおわり、開放感を味わいました。けれどもここで終わりじゃない!合格発表がまだある!次の日にある合格発表が入試本番よりも緊張して玄関で泣いてしまいました。結果は合格!ぐしゃぐしゃの顔での合格発表!兄弟たちがかみふぶきをつくってくれていてびっくりしました。2年間頑張ってよかったです。ありがとう日能研川西校!ありがとう支えてくれた家族! -
テストの結果で自信をつける
寄稿:2025年春
お名前:津田 琉聖
進学校:高槻中学校
他の合格校:愛光中学校 箕面自由学園
僕は6年生の春期講習から入塾しました。前から国語がすごい苦手で春からすごい悩んでいました。でも算数が得意で公開テストでは3科平均偏差値60くらいを保てました。そこで9月ぐらいに国語の先生に「どうしたら国語が伸びますか」と聞いた時があります。すると先生は「君が好きな算数で戦ったらいいと思うよ。別に今から国語を伸ばそうとしても時間が足りないから」と言ってくれてやっぱり算数をもっと伸ばそうと思いました。しかし10月11月は国語と理科は同じく安定していましたが算数は悪くなりました。そこで自信がなくなったけど特訓の先生が「高槻受かるぐらいの実力があるんだから大丈夫」と言ってくれ安心しました。そこで自信を取り戻せて12月の公開テストで今までで一番いい成績を収めて高槻に臨めました。 今の僕が言えることは自信がなくなったら絶対特訓か授業の先生に相談してみることです。だから僕が合格できたのは川西校の先生、特訓の先生のおかげです。本当にありがとうございました。そして来年の受験生頑張ってください! -
宿題との闘い
寄稿:2025年春
お名前:C.F.
進学校:雲雀丘学園中学校
他の合格校:履正社中学校(特待生)
私が日能研に入ったのは、小学5年生のときでした。 まわりのお友達は、4年生から通っている人がほとんどで、塾の勉強の進め方や宿題の量に、最初は戸惑うことばかりでした。 特に大変だったのが、宿題です。塾の宿題は、学校の宿題とは比べものにならないくらい多くて、毎日、夜遅くまでかかっていました。他の子に比べると、倍以上の時間がかかっていたと思います。 宿題をこなすのに時間がかかりすぎて、寝るのが遅くなったり、遊ぶ時間がなくなったりして、何度も「塾をやめたい」と思いました。でも、ここでやめたら、今まで頑張ったことが無駄になると思い、必死に食らいつきました。 そんな私でしたが、塾のテストでは、いつもクラスで上位の成績を取ることができました。それは、時間をかけて宿題を丁寧にやっていたからだと思います。 宿題で分からなかったところは、自習室で質問したり、自分で解説を読んだりして、一つ一つ解決していきました。 ただ、先生への質問は、最初は恥ずかしくて苦手でした。でも、自習室に毎日一番に行って、だれも教室にいないうちに、チューターの先生に質問するようにしました。そうすると、先生も丁寧に教えてくれて、質問するのが怖くなくなりました。 日能研の先生は、どの教科の先生も教え方が上手くて面白く、勉強の楽しさを教えてもらいました。 塾に通う中で、クラスも途中で変更しました。夜遅くならない土曜コースにした事で、宿題の量も減り、睡眠時間を多めにとることができました。 もちろん、塾の勉強は大変だったけど、そのおかげで、私は勉強する習慣を身につけることができました。それに、難しい問題を解けたときの達成感は、何ものにも代えがたいものでした。 私が第一志望の私立中学に合格できたのは、日能研の先生方や友達の支えがあったからだと思います。そして、何よりも、私自身が諦めずに頑張ったからだと思います。 この塾で学んだことを、中学校でも活かしていきたいと思います。 ちなみに、第一志望校は、学校見学会で変わりました。 決め手は図書館の雰囲気。雲雀丘学園の図書館は、本の種類や数、図書館の明るい雰囲気、すべてがお気に入りです。 皆さんも、行きたい学校は自分の目で見て決めることをお勧めします! -
合格を勝ち取るには
寄稿:2025年春
お名前:小川 慶
進学校:大阪教育大学附属池田中学校
他の合格校:雲雀丘学園中学校
僕は、4年生から日能研に通いはじめました。4年生の頃は、1列目にいることが当たり前でしたが、5、6年になるとそれが難しくなってきました。そんな時でも、落ち込まないように気持ちを切り替えて、常に合格するためにはどうすればよいかを考えることが重要だと考え、するべきことを整理して、日々の勉強に取り組みました。そこで、僕が具体的に取り組んだことを3つ紹介します。1つ目は、算数の「まち直」です。間違えるということは、苦手だと考え、苦手な箇所を繰り返し演習することで理解しました。2つ目は、国語の「語まと」です。休憩時間など、隙間の時間で手軽に読めるので活用しました。3つ目は、理科の「理まと」です。こちらも算数と同じく、苦手な箇所を繰り返し演習することが大事です。たくさん勉強して自信はつきましたが、試験当日はとても緊張しました。でも、これは受験生皆んなが同じなので、気持ちを落ち着けて、解けるところから解きました。受験生の皆さん、毎日努力し続ければ必ず合格できるので、あきらめずに頑張って下さい。最後になりますが、日能研の先生方、大変お世話になり、ありがとうございました。 -
志望校合格を成しえて
寄稿:2024年春
お名前:R.K
進学校:高槻中学校
他の合格校:
私は3年生の夏から塾に行き始めました。 当時はまだ全然勉強が出来なくて、周りの人たちがすごすぎたので全然ついていけませんでした。 ですが、その時の国語の先生が算数と国語をとても丁寧にわかりやすく説明してくれていたおかげでだんだん周りの人にもついていけるようになりました。そして学校では一番苦手だった国語が一番の得意分野となり、5年生の前半ぐらいまで苦手だった算数などの点数を補うほどまでになりました。そして自分の苦手な科目でも周りに左右されず自分のペースで進んでいけば、いつかは必ずみんなに追いつくことができ、自分の中でも自信が持てる教科になっていくのだ。ということを学び、そのことは受験直前まで意識していました。 そしてその教訓を生かし勉強していると、受験前日にはもともと苦手だった算数も少し自信が持てる教科になっていました。 私の場合、最初のうちは、大学附属の学校を第一志望の学校にしていましたが、ギリギリのところで進学校に方向を転換し、なんとかついていくことができました。 少し話は飛びますが、受験の1か月前。 その頃にはもう算数は自信が持てていて、それまで調子が悪くなりかけていた国語もだんだんと成績が上がってきていました。だからといって油断していてはだめなので、気を抜くことはしませんでした。 受験の1か月前などになると、社会のテキストや理科の暗記問題など、暗記する問題を解いていることが多かったです。もちろん算数もしていましたが、やはり、暗記する問題を解くことが9割ほどになっていました。 ついに来た受験前日には、あまり緊張しない私でも少し緊張していました。たぶん誰でも緊張すると思います。ですが、受験当日に備えるためしっかり寝て、体調を万全にすることが大切だと思っていたので夜は受験のことではなく、自分の学んできたことを頭の中で繰り返して自分自身を落ち着かせていました。 そして迎えた受験当日。 受験当日には暖かい服装で会場に向かいました。 自分の好きな飲み物を持って。 受験会場には自分と同じNカバンを背負った人たちがたくさんいて友達もいました。しかも同じ部屋に2人も ですがその友達も受験では戦う敵になるので、油断はできませんでした。自分の席についてからも、先生が言っていたことを自分の頭の中で再確認し、少しでもあやふやなところがあればすぐに持ってきた教材で確認していました。 そして無事合格することができました。先生や家族にはとても感謝しています。 私が受験当日までに一番大切にしていたことは、「何があっても油断せず、周りの人に流されないで自分のペースで進む」ことです。 今から中学受験をする人たちも、ぜひ自分の一番大事にしたいことを決め、受験会場に持っていってほしいと思います。 -
諦めずに頑張った3年間
寄稿:2024年春
お名前:J.I
進学校:武庫川女子大学附属中学校
他の合格校:
私は4年生から日能研に入りました。6年生になって急に成績が下がり、苦手だった算数の成績が下がりました。何が成績が下がった原因なのかを見ていると、計算間違いが多いことだと思いました。なので計算マスターをしっかりするようにしました。また、過去問をするときに試験時間(例えば50分)のうち40分で問題を解いて、残りの10分を見直しにしました。他には、問題を何回も読んで読み間違いがないようにしました。 入試の時も時間配分と計算間違いに気をつけ、今まで通りにやりました。そして、合格をもらえたので、今まで大変だったけれど、ちゃんとやってきてよかったと思いました。 日能研の先生方、今までありがとうございました。 受験生の皆さん、がんばってね!(^^) -
あきらめないことの大切さ
寄稿:2024年春
お名前:上木 姫依
進学校:広尾学園中学校
他の合格校:四天王寺中
私は、3年前期から日能研に通っていました。でも、「絶対にここに行きたい」と思う中学校はありませんでした。それは、小学校受験をしていて、内部進学で中学校に行くことができ、「今の友達と別れたくない」という思いもあり、そうしたいと考えていたからです。6年生になると、学校の友達の志望校がだんだん分かるようになり、友達が学校でも勉強している姿を見るようになりました。それで、「私も置いて行かれたくない」「少しでも自分の目標に近い中学校に行きたい」と思うようになりました。 そして、私の志望校が定まったのは6年生の8月でした。首都圏の中学校で、その時の自分に比べてとてもレベルが高く、80%の合格率には偏差値が5以上違っていました。公開模試の合格判定は散々で、合格率が50%を超えている判定は1つもありませんでした。 それでも、私はあきらめませんでした。「この学校以外は嫌だ」という、強い気持ちがあったからです。 そこから、私はたくさん勉強しました。幸い、私が苦手だったのは社会で、過去問を解いていて他の学校より難しいと感じるのも社会だったので、社会を重点的に勉強しました。社会は、毎回同じ形式で出ている問題も多かったので、過去問をたくさん解いてなんとか時間内に解き終えられるようになりました。そして、私は第一志望の学校に合格することができました。 最後に、今まで支えてくださった先生方、本当にありがとうございました。
@nichinoken_kansai_official
8割以上が日能研の指導にご満足!
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そのワケは?
日能研の学び5つのポイント
完全オリジナルのテキスト&
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効率よく学年の重要単元を復習します。
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学びの相乗効果
日能研では仲間と学ぶことを大切にし、
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講習修了後も学びの効果が持続します。
疑問を解決!質問もできる!
川西校の「自習室」では質問対応をするチューターを配置し、授業の前後の時間を利用して質問できるシステムを設けています。
高度な理解を目指した授業を行っていますが、全員が完全に理解できるわけではありません。
授業や家庭での復習で生じた疑問・質問は、次に進む前にしっかり解決します。
質問のしやすさも大事なポイント「チューター」
質問対応を専門に担当する「チューター」の多くは、日能研から中学受験を経験した大学生です。自らの経験を活かしながら、子供たちの質問に的確に対応します。
日能研には、「頼もしい先輩」がいるのです。
日能研川西校
ロケーション
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地図・開講時間・電話番号
阪急電鉄宝塚本線、能勢電鉄妙見線「川西能勢口駅」徒歩5分
JR宝塚線「川西池田駅」徒歩8分
阪急電鉄、能勢電鉄「川西能勢口駅」からお越しの方
阪急川西能勢口駅東改札口出て県道12号線(通称:産業道路)沿いを
北に徒歩約5分。
「九十九病院」向かいの「アメニティビル」2階です。
JR「川西池田駅」からお越しの方
改札口出て、東側「川西阪急」に向かう陸橋の歩道へ進み、「阪急川西能勢口駅」の前を通り、県道12号線(通称:産業道路)沿いを北に徒歩約5分。
「九十九病院」向かいの「アメニティビル」2階です。電話番号:072-759-3755
〒666-0016
兵庫県川西市中央町8-8
アメニティ川西ビル2F開講学年:
小3~小6- 平 日 14:00~15:30/16:00~20:00
- 土曜日 13:00~20:00
- 日曜日 11:00~17:00
- 火曜休校
受付時間
休校日のお知らせ
3/25(水)・3/30(月)・4/6(月)・4/7(火)
春期講習の受付時間について
10:00〜17:00
(3月26日〜4月5日)
但し
4月5日 11:00-17:00
川西校
メッセージ
偏差値だけに捉われない的確な学習アドバイス・進路指導をモットーに甲陽・大阪星光・神戸女学院・四天王寺といったエリア難関校をはじめ、雲雀丘・高槻・三田・金蘭千里など人気の私立中学、関西学院・関西大学・同志社・立命館などの大学付属中学校の実績も充実。
さらに、国立・公立中高一貫校の適性検査にも対応した学習内容で附属池田・神戸大附属中にも合格者が多く、特に附属池田中合格実績はNo.1を誇ります。
6年から始まる附属池田特訓は川西校で開催します。
様々な知識、思考力、記述力、そして学びに対する好奇心を育む中学受験専門教室の体験授業に、ぜひご参加ください。
- 入室説明会(無料)
※同時実施の入会資格テストを一緒にお申込される場合は、入会資格テストからお申し込みください。 - 3月29日(日)14:00開始
- 4月4日(土)10:00開始
- 4月4日(土)14:00開始
- 4月5日(日)10:00開始
- 4月5日(日)14:00開始
- 入室説明会申込ボタン
- 入会資格テスト(無料)
- 3月29日(日)14:00開始
- 4月4日(土)10:00開始
- 4月4日(土)14:00開始
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- 4月5日(日)14:00開始
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よくあるご質問
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習い事との両立はできますか?はい、多彩なオプションで強度の調節を可能にしています。まずはお気軽にご相談ください。
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1週間に何日通うのですか?3年生は週1回、4年生は週2回、5年生は週3回、6年生は週4回になります。また、定期的に学力を確認するテストもありますので、詳細は資料請求にてお問い合わせください。
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自習や質問はできますか?川西校には無料の「自習室」があります。質問ももちろん可能です。
また、チューター(主に日能研から中学受験を経験した大学生)に質問をしたり、授業前後に授業担当者に質問が可能です。多くの方にご利用いただいています。 -
体調不良や行事で授業を欠席した場合はどうなりますか?日能研では、メインとなる授業については、動画をweb配信しております。
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宿題にはどれくらいの時間がかかりますか?平均すると1科目あたり、3年生は30分、4年生は1時間、5年生は1時間15分、6年生でも1時間30分~2時間程が目安です。また、宿題内容と授業内容はリンクしていますので、授業で習っていない内容は原則として宿題となりません。
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予習は必要でしょうか?予習をしないで授業を受けていただきます。授業中の「知識の広がりに対する感動」を 大切にし、それが「自ら学び進むチカラ」につながると考えています。
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日能研の進度は他塾より遅いし内容が簡単と聞きます。大丈夫ですか?お子様の成長速度に合った内容で授業を行わなければ、お子様は消化不良を起こしてしまい、その結果苦手意識が芽生えると日能研では考えています。難しいことを先取りしすぎず、「できる」実感を持って勉強していただいております。無理なく無駄なく「量より質」を重視した内容で、各学年に最適の進度となっておりますので、ご安心ください。
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日能研の青いカバンは強制ですか?強制ではありません。ご入室された方への日能研からのプレゼントです。
通室時はご自身の好きなカバンで来ていただいてももちろん大丈夫です。実際は8割ほどの方が日能研バックで通室されています。














