S.K さん (所属:茨木校)

僕が日能研に入塾したのは、4年生の3月のことです。もともと個別指導塾に通っていたのですが、そこは中学受験を中心にはしておらず、あくまでも学校の授業を補うような場所でした。受験を意識した時にいくつかある候補から選んだのが日能研茨木校だったのです。
その時の入塾テストはギリギリで駄目だったのですが、蔵野先生の優しさで合格を果たしました。そうして受験勉強をはじめたものの、クラス内の順位は1番後ろからのスタート、視力が悪くて黒板が見えなくても前には行けず学校とは違う厳しさを感じました。
勉強を頑張ろうにも宿題の多さと難しさに苦労し、いつもギリギリでこなし続ける毎日。
偏差値は35からのスタートで、これを50まであげるということがどれほど大変なのか、その時の僕が分かっているはずがありませんでした。
特に大変だったのは「漢字と熟語」そして「文章題全部」が苦手だったため、国語と算数が苦手教科になってしまったことです。計算問題は大丈夫だと思っていましたが、それは学校の話でした。毎朝の計算マスターだけでも、はじめはとても時間がかかってしまい、5問解くだけで30分以上かかったこともあります。
それなら夜に勉強しよう、と思っても夜は眠いのでなかなか勉強ができませんでした。こんな状態でしたが、6年生になった時にはやっとクラスの順位でも前に来ることが増えて来ます。
しかしそれは、社会・理科のパワーだったのです。まだまだ国語と算数は苦手で漢字間違いや計算間違いはポコポコ出ていました。ひたすら漢字テストの予習と復習を繰り返して、何回も何回も苦手な単元を解き直し続けます。
少しずつ育成テストの結果は出てくるようになりますが、なぜか模試では結果がなかなか出せません。自分でもどうすれば良いか分からず、川井先生やチューターさんにどうすれば良いのか聞いたこともあります。
夏期講習が終わってから志望校のプレテストが始まって、第一志望以外の学校ではB判定が出るぐらいの結果を出せました。でも第一志望の関大中等部はプレテストが無く、本当にこのまま第一志望で良いのか悩みます。
冬期講習が終わってから家で過去問を解いたら、まったく合格点に届きません。たまたまかなと思って別の年の過去問を解いたら、さらに点数が下がりました。うわさでは奇数の年より偶数の年の方が難しいと聞いて、僕の焦りは大変なことになります。
その頃「第一志望を関大中等部のままでいくのか、それとも第二志望を安全に受けるのか」そう母親に質問された僕はちょっと悩みました。第二志望を初日の午前に受ければ、受かる可能性は高いけど、第一志望の関大中等部を初日の午前以外で受けるのは無茶でした。その時、弟が「お兄ちゃんと一緒の学校に行く」と言っていたことを思い出します。
どうせなら行きたいと思う学校に受かりたいと考えて、第一志望はどんなことがあっても変えない決心をしました。
年を越えて1月になって、朝から夜まで勉強しても体が大丈夫になりました。今までよりもっと復習と過去問に力を入れることができるようになり、そこから完全に受験生モードに入ったのです。
受験当日、やるだけやったと思い、そのままの気持ちで会場に向かいます。日能研の先生や同級生に会って、緊張がほぐれたことでドキドキも少しおさまりました。午後の第二志望の学校も落ち着いて受けることができたのです。
合格発表当日は自宅で母親と父親と一緒に待ちました。無事に合格の番号を見つけた時は嬉しすぎて母親は泣いていました。
お父さんお母さん、本当に色々とありがとうございました。
そして弟へ一言。
お兄ちゃんはなんとか頑張りました。あなたも頑張ってみて下さい。応援しています。
最後に、算数担当の蔵野先生、過去問のポイントを教えてくださりありがとうございました。
理科担当の川井先生、受験前日励ましてくださり本当にありがとうございました。
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